感動の秘話!全俺が泣いた瀬戸大橋ストーリ!!

瀬戸大橋が完成して30年の時がたちましたね。
今日は瀬戸大橋完成に尽力したSさんという技術者について
書いてみました。

 

何故かというともうかれこれ20数年まえでしょうか
NHKのプロジェクトXという番組でもとりあげられました。

 

それがためでなく彼が瀬戸大橋完成に本当に命をかけた
人生に凄く感動したからです。
一つのお仕事に命をかけるほどの情熱が私にはあるのだろうか?

 

まだまだ未熟だし彼のように生きていない自分に情けない感情
を抱いたのが記事を書くきっかけになりました。

 

そのお話しを過去を振り返りながら書きますね。

 

彼は東京大学出身でふるさとは香川県坂出市だとおもいます。
本四架橋公団にはいり、瀬戸大橋を研究し工事が始まるや
本四公団の坂出事務所の所長として部下を指導しながら
お仕事をこなす毎日でした。

 

坂出の実家から事務所まで自転車通勤の毎日でした。
お子様が高校生ぐらいの時に奥さんがご不幸にあい帰らざる
人になりました。

 

しかも彼は朝早く起きてお子様のお弁当を作ってから
例の自転車で仕事場に出かける日課となりました。

 

本四架橋を見たひとならばおわかりでしょうが、釣り橋の
ワイヤーロープをささえるケーソンというとてつもない
鉄製のつつを海の底にすえなければいけません。

 

ケーソン自体は造船所でつくっています。
それを台船に載せて現場までもってきて、海の底まで沈めます。

 

そしてその中にコンクリートをはめてゆきます。
だからそのケーソンが海の底でしっかりと立ってもらわないと
失敗します。

 

そのために彼がとった行動はなんと自分自身で潜水服を着て
海にもぐり地盤の状態を直接見てまわったのです。

 

そして部下達に適格な指示をだしてケーソンの基礎をつくったのです。
その間ケーソンは阪神の工場からすでに台船に載せられ曳航されて
設置場所まで運ばれてきています。

 

彼の指示のおかげでケーソンの基礎が無事完成して後は据え付け
という時期をむかえていました。

 

かれは事務所で寝泊まりして、なんどもなんども予行演習を
繰り替えしていました。

 

妻のいない家庭に子供達をおいたまま仕事の完成に
情熱をそそがざるをえなかったのです。

 

人の親として普通に持つ感情をおしころして、プロジェクトの
成功にかけたのです。・・心を鬼にして!!

 

その成果が試される日がきました。
おおきなクレーン船につられたケーソンを徐々に海の中におろして
ゆきます。

 

それもすべてコンピュータ制御です。
徐々におりてゆき所定の位置にきっちりと収まりました。
その時のかれの表情は大仕事の一つが無事すんだ安堵感
がただよっていました。

 

今晩は家族の元へ帰って子供達に遭える日なのですが、
いままで苦労を共にしてくれた仲間達部下達を家庭に帰して
最後に事務所を出る彼でした。

 

 

そして我が家に帰るや子供達も喜んでくれました。
そんな時のお父さんの顔に笑みがもどっていました。

 

でもまた明日から完成までの本格的な工事が待っています。
あいかわらず雨の日も自転車ででかけるかれの姿に
すごく美しい男の背中を見たおもいです。

 

そうこうするうちに橋はだんだんと完成に向けてすすんでゆきます。
実に感動的でした。
男が命をかけた大仕事をするとはこういうことなんだなと思いましたね。

 

やがて工事は順調に進んで完成しました。
橋の上ではお偉いさんがテープカットしていました。
しかしかれは過労と心労がたたり入院をするはめになりました。

 

かれもテープカットに出席できる重鎮のひとりですよ。
でも彼の体と心はすでに破壊されていたのでしょうね。

 

瀬戸大橋の完成後まもなく彼は天国へめされていきました。
大好きな子供を残して、先に旅だった彼の奥さんのもとへ
もどっていったのでしょうね

 

これは本当の実話です。
瀬戸大橋30周年の記念すべき時に、気骨ある人物がいたことを
あらためておもってしまいました。

 

 

責任感や使命感を持った人がいたという事実をもっと考えて
みてはどうでしょうかね。

 

彼と奥さんは天国で楽しくお酒でも酌み交わして
していることでしょうね?

 

それが残されたものとして考えられるせめてもの
感謝のきもちです。

 

そんなお話を完成30周年記念として記事にしました。

 

ではでは~

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