金毘羅さんは妖精がいっぱい! 見どころも多し!!

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◆金毘羅さんの由緒◆

今回は香川県で人気を栗林公園と2分する名所の
金毘羅さん(こんぴらさん)のご紹介をしましょうね。
正式名称は金刀比羅宮(ことひらぐう)といいます。

 

所在は下記の地図をご参考下さい。
[su_gmap address=”香川県仲多度郡琴平町892-1 金毘羅さん”]

 

金刀比羅宮の由緒はいくつかの説があります。

 

米- 一部Wikipediaによる説を引用-

・一つは、大物主命が象頭山にきたのを祭った琴平神社から始まり、
中世以降に本地垂迹説により仏教の金毘羅と習合して金毘羅大権現
と称したとするものであるという説。

 

 

・一つは、もともと象頭山にあった真言宗の松尾寺
金毘羅が鎮守神として祀られており、大宝年間に修験道が象頭山に
登った際に天竺毘比羅霊鷲山(象頭山)に住する護法善神金毘羅の
神験に遭ったのが開山の由来として、これが金毘羅大権現になったとする説。

 

 

・また別の説として、『生駒記讃陽綱目』の金刀比羅宮の條によれば、
延喜式神名帳に名が見える讃岐国多度郡の雲気神社
金刀比羅宮という記述があるという説。

 

 

・海上交通の守り神とされるが、
古代には象頭山の麓まで海であったとされる説があるが、
縄文海進での海面上昇は5m程度であり、
大物主命が「海の彼方から波間を照らして現れた神」
であったことに由来すると考えるほうが妥当性があるという説。

 

 

長寛元年(1163年)に崇徳上皇が象頭山松尾寺金光院
こもったことから、修験道の御霊信仰の影響で永万元年(1165年)には、讃岐国に流されたまま崩御した崇徳天皇も象頭山松尾寺金光院
共に祭ったとする説。

 

 

・戦国時代には荒廃していたが、別当の象頭山松尾寺の宥盛
信仰を広め境内を整備した。
宥盛は死の直前には神体を守るために天狗に身を変えたとの伝説もあり、死後は本堂付近に祀られるとする説。

 

 

と様々な諸説が入り混じっていて、
本当のところはわからないのが事実のようですね。

 

 

江戸時代初期には、別当の象頭山松尾寺の宥光が
参拝の土産物として○に金の印を入れたうちわを作ることを思いつき、
大和国より技術者を招いたといわれ、
この頃には信仰が次第に広がりを見せていたと推察されます。

 

 

江戸時代中期に入ると全国の庶民の間へと信仰は広がった。
各地で金毘羅講が組織されて金毘羅参りが盛んに行われるようになり、
伊勢神宮へのお陰参りに次ぐ庶民の憧れだったといわれます。

 

 

・その様子は、浮世絵の東海道五十三次の一つである「沼津」や、
滑稽本の東海道中膝栗毛に描かれている。
奉納も多く行われ、奉納された石碑を収めるために土地が足らず
本来直線だった参道を曲げたほどであった。

 

 

「金比羅船々」が歌われ始めたのは、
江戸時代末期ごろのことだそうです。

 

 

明治元年(1868年)の神仏分離令で金刀比羅宮と改称して
神道の神社になり主祭神の名は大物主神と定められ、
相殿(あいどの)に崇徳天皇を祀ったので、同9月13日に勅祭神社とされた。

 

 

・象頭山松尾寺金光院は廃されて、
祀られていた宥盛は厳魂彦命と名を変えた。
明治38年(1905年)には現在の奥社へと遷座された。

 

 

・それまで金毘羅大権現の本地仏として祀られていた
本尊十一面観音像は信仰の対象から外されたが、
社宝として現在も観音堂に納められている

 

 

不動明王、毘沙門天の2体破却の危機に直面したが
象頭山松尾寺の末寺である万福院住職宥明によって救い出された。

 

 

・その後、所在は転々としたが明治15年(1882年)、
裸祭で知られる岡山市の真言宗寺院、
西大寺の住職光阿によって同寺にまつられ、
あらためて金毘羅大権現の本地仏として祀られ現在に至っている。

 

 

・松尾寺は、塔頭であった普門院が再興し、法灯を継承している。
近代社格制度のもと明治4年(1871年)に国幣小社に列格し、
明治18年(1885年)に国幣中社に昇格した。

 

 

・古くから信仰を集め、
こんぴら講に代表される金毘羅信仰を後世に伝えるため、
昭和44年(1969年)8月5日、宗教法人金刀比羅本教の設立認可を受け、
金刀比羅本教の総本宮となった

 

 

・総本部は金刀比羅宮の大門近くにある。
金刀比羅本教は神社本庁に属さない独立した包括宗教法人であるが、
金刀比羅宮自体は神社本庁の被包括法人であり別表神社に指定されている。
米-一部Wikipediaによる-

◆とにかく金毘羅さんは◆

古くから「さぬきのこんぴらさん」として
親しまれている海の神様です。

 

参道の長い石段は有名で、本宮まで785段、
奥社までの合計は1368段にも及びます。
普通は本宮までで奥社まではなかなか参拝しません。

 

 

兎に角本宮までで疲れきります。
あまり自信のない方は本宮までで良いのじゃないですかね。
実は私も何回もお参りにゆきますが、本宮までです。

 

 

参道から奥社までの石段沿いには
大門、五人百姓、国の重要文化財「書院」があります。

 

 

広い境内には重要文化財「旭社」など由緒ある建造物が点在するほか、
宝物館などには第一級の美術品や文化財が陳列されています。
一部見学も可能です。

 

 

大門までの参道の両脇には土産物やうどんの店などが並び、
周辺には、旧金毘羅大芝居(金丸座)や高灯籠など見どころも
数多くあります。

 

 

最近は金毘羅歌舞伎を金丸座で見ることができます。
毎年東京から本物の歌舞伎俳優がみえて公演しています。
がチケットがとりにくくて、なかなか地元の人はみれないのが辛いです。

 

 

また過去には映画「不良番長・突撃一番」「瀬戸内少年野球団」
「男はつらいよ寅次郎の縁談」「UDON」「きな子」
のロケ地にもなりました。

◆金毘羅さんはなぜ人気があるのしょうか◆

お伊勢参り、金毘羅参りは江戸時代から大変な人気でした。
何故か?

 

 

男の遊び場があったからです
お伊勢さんや金毘羅さんの中にあったのではありません。
いわゆる門前町ですから、そこにあったようです。

 

 

江戸の吉原のようなところがあったのです。
聖と俗が交じり合った界隈だったのです。

 

 

子供のころの落語でそれをネタにしていた落語がありました。
当時は何故そんなにも遠い所へ、喜んででかけるのかふしぎでした。

 

 

当時のくまさんやはっつぁんのおかみさんが不思議がるのを
うまくきりぬけるのが男の甲斐性とばかり、もっともな理由
を付けてお金をだしてもらいます。
そのやり取りの落語はおもしろかったです・・・

 

 

 

大人になって「へぇー、そうなんや」と不思議に納得したのを
おもいだします。
高校生のころ歴史の先生がにやにやしながら教えてくれたのを
おほえています。

 

 

ある有名建築家の先生が、作品をつくるのには聖俗あいいれることだ。
ともっともらしく語っていたのを思い出します。

 

 

徳川幕府の思惑どおりです。
だから260年の平和が保たれたのだという説もあるくらいですから。

◆金毘羅さんのみどころ◆

・金丸座にて本物の歌舞伎役者が芸を披露

・春夏秋冬と自然美にめぐまれている、たとえば・・・

・春は参道の桜並木

・夏は木々の間を吹き抜ける冷風や初夏の新緑

・秋の紅葉

・冬の雪景色の美しさ

・大門からの下界の眺めや本宮からの景色の美しさ

・遠くは瀬戸大橋までながめられます

・とにかく別世界に足をふみいれている自分を発見

・重要文化財の絵画などの見学 拝観料必要

・階段を昇りつめた後のすがすがしさと達成感

・等々人それぞれに感じることがあると藻います。

◆金毘羅さんの口コミ◆

言わずと知れた長い石段を延々昇る。
と言えば辛そうですが、途中で平坦な場所も有り、
資生堂パーラーが有り、見処も有りで決して苦行なだけでは無い。

 

 

630段ほど上がると旭社という立派な社殿が有り、
中には御本宮と間違える人が要るらしいので要注意。

その旭社の手前に有る祓社は結構スルーされていますが、
ここで自分の穢れを祓ってからの参拝が肝心だと思われます。

 

 

 

ラストスパートは、
恐らく最大の難所ではないかと思うほど狭く
急勾配な石段が続きますので、
ペース配分は後半に取っておいた方が吉でしょう

 

 

ヒールやパコパコのサンダルでは危ない。
御本宮まで辿り着かないと手に入らない金の御守りは、
通常より大きめで、ふっかふか。有り難さが身に染みます。

 

 

と大満足され且つペースを考えた登りの力の配分には
あたまが下がる思いです。
物事を大切に慎重にご利益のある方法で登っておいでです。
もちろん評価は5です。

 

 

◆上るのに注意すること◆

・大門から後は喫茶店が1件あるだけ故下のお土産屋でお茶をかうこと

・体調の悪い人は極力控える事

・お正月の3ケ日は人で身動きとれず、便所にもゆけないので・・

・階段ばかり故休み休みゆっくりと登りあせらないこと

◆アクセス◆

・JR

・琴電(コトデン)

・バス

・自家用車

◆駐車場◆

・自家用車なら琴平町へはいれば呼び込みが沢山いる
そこは民間故お土産買えば無料とかがある。

・町営の駐車場も近くにありその方が安く安心
ただし夜の閉店時間があるのが難か?

・そこそこにあるので正月以外は殆ど留められる

◆お近くのホテル◆

・やはり昔からの観光地故沢山ホテルがあります。

・事前に琴平町のホームページで確認してくださいね。

 

 

◆金刀比羅宮周辺のグルメ・レストラン ◆

・琴平でお食事やお茶するときは観光案内所にて情報をお確かめ

下さい。

・事前に琴平町のホームページで確認してくださいね。

 

 

◆金刀比羅宮周辺の観光スポット◆

・国立満濃公園

・満濃池

・空海ゆかりの善通寺

・丸亀城

・レオマワールド

・瀬戸大橋記念館

東山魁夷美術館

などがあります。事前に調査してから予定立てて下さい。

よき思い出の旅になりますようにお祈り申し上げます・・

ではでは~

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